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2008年04月26日

速まるスピードと、わたしカンカク。③

②の続きです。

あぁガーン

なんだか怪しい日記が続いてますね。
頭変なんじゃない?と思われるかも、ですね。
(大丈夫。もともと変だと思っています)
しかしわたしはごく普通の3人の子持ち主婦ですのでぬふりん

ただ何となく、今のタイミングで
この感覚を書いてみたくなってしまったので
日記に綴っているのであります。

身近な人→ダンナは、厳しい現実を、家族の為に?
とてもマジメに生きているお方なので
この手の話は子守唄のようで、即効で居眠りします。

あ、でも、巷で流行っている?スピリチュアルな感じとは
違う、と思います。よく知らないけど。

こういう不思議な感覚の日記を書いてはいても
いわゆるテレビ的スピりチュアルには無頓着です。
そーゆー番組や本もほぼ見ないし。

オーラとか、守護霊とか、前世とか、そーゆーのは
あまり意識して知って、分析したいとか思いません。

そういうことで不幸の原因探しをしたり
幸せになる方法を手に入れたりしようとするより

ただ、今生かされていることに心から感謝して
今の自分をしっかり生きていくことが
守護霊も、前世の念(もしあるのなら)も、嬉しいのでは?
と思います。思い込んでいます。

霊界とか魔界とか、確かにあるとは思います。
土地の因縁とか、家の中の気の流れとかも気になるところ。

ですが、最近多い、霊的なビジネス・啓発的なものに関して
ふつーの人が感じて、すぐコンタクト出来る様なもってのは
やっぱり低級霊で、そのへんに行き場なく漂ってるものでしょう。

今そんなもの(依存させるもん)が溢れている世の中も
やはり人の心を反映している世界なんだなーと思います。

おっと、なんか脱線しちゃいましたダッシュ
いきなり変な日記を立て続けに書いてるので
変な宗教にでも入ってるのか?と思われるとイヤなので
「違う」と言いたいが為にいろいろ書いてしまいました。

話を元に戻します。

「スピードが速くなってきている」という感覚を通して
「自分の存在」についてのわたしの感覚に
フォーカスしてみたわけですが

①で書いた、
本来の自分自身+心(人格)+乗っけてもらってるカラダ
という別の感覚が1つにまとまったのが「わたし」だとしたら

本来の自分自身がいつも一緒にいて
出しゃばらずに薄目を明けつつ、そっと見守り寄り添っていてくれ、

どんなに酷使しても自力で回復していく有難いカラダ様が味方で、

それってなんとも心強い安心感!だと気付くわけです。

そして心はラクに、ありのままに
強く(=弱さを認めることでもある)なれるわけで
そうすると毎日幸せを感じられる、ってのが
今1番日記に書きたかったことの1つでありますね。

②で書いた、いまだ分からない、たどり着けない、
自分自身の存在の感覚(意識?)の行く末は
いつか分かるときが来るのでしょう。ね?

やはり今は、この現実に、大地に、
しっかり足をつけて生きていくことこそが
わたしのいのちの使いみちなんだよな!というわたしの心に
薄目を開けてOKサインを出すもう1人の自分がいます。


さぁて!洗濯物が山になってるぞー
家族5人分のハンカチやらシャツやら、アイロンかけねば。

現実は甘くないのだね困ったな



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